前の記事の続きです。
■2.クローズド・キャプション(closed captioning):必要な人だけが見える方式
クローズド方式は、何もしない場合に字幕が「閉じている(見えない)」もの。映画館では、観客が字幕の有無を選ぶものです。日本では、実験的なもの以外の導入例は、まだほとんどないようです。
■2.1 後方から投映する方式
米国で以前からある、RWC(Rear Window Captioning system)です。反射板を映画館で借りてドリンクホルダーなどに取り付け、室内後方からの字幕を映します。
Rear Window Captioning System
https://en.wikipedia.org/wiki/Rear_Window_Captioning_System
難聴の方の事例(2012年)から。
My Experience - What to Expect From a Rear Window Captioning System at the Movies
(私の経験から ― 映画館でのRWCに何を期待すべきか)
http://www.hearingsparks.com/2012/05/my-experience-what-to-expect-from-rear.html
・反射板を借りるのに身分証明書などは不要だった
・ドリンクホルダーに取り付けるので、飲み物もあると不便
・広告上映時点では「当館へようこそ」的なメッセージが出ている
・予告編が流れる間は、何も表示されない
・文字はやや小さいものの、読めた
・セリフ以外の音の情報は表示されなかった
・途中からは、反射板の存在を忘れた(ほど中身に集中できた)
(コメント欄より・その1)
・反射板を借りるのに身分証明書を要求された
・従業員はあまりよく分かってない状態だった
・字幕が表示されず、結局その映画館でRWCが使えるのは他の1作だけと判明
(コメント欄より・その2)
・RWCが使える映画館は少ないし、評判のいい映画はさらに少ない
別の難聴の方のブログ記事もご紹介します。
Movies with Rear Window Captions » Bionic Ear Blog
(RWCつき映画)
http://shelaza.com/the-d-life/movies-with-rear-window-captions/
・RWCは、字幕が不要な人と一緒に映画に行けるし、スケジュールの制約もオープン方式よりは少ないのでありがたい
・自分の前を他人が通る場合、毎回反射板を再調節しなくてはならず、やや煩雑
・席によっては、反射板の調節がとても難しい
・映像が明るいと、字幕(オレンジ色)が読みづらい
・反射板の部分はやや暗くなるので、慣れが必要
・ある程度先だと使えるかが分からず不便
■2.2(1) 小型の字幕ディスプレイを利用者が目の前に配置する方式(CaptiView)
ドルビーCaptiView字幕表示システム
http://www.dolby.com/jp/ja/professional/cinema/products/captiview.html
元々は「ドレミ(Doremi)」という会社の製品でしたが、同社は音響で有名なドルビーに買収されました。
解像度すら不明ですが、マニュアルの写真からは[横250ピクセル前後、縦16ピクセル]と推定できます。日本語の表示はできるピクセル数ですが、欧米語以外の表示は想定されていない印象。また、日本語だと文字が小さすぎる可能性があります。
米国以外にオーストラリアでも導入されており、体験記もあります。
Show Us the Captions! Trial Run
(「我々に字幕を見せて!」運動、トライアル上映:2012年の記事)
http://speakuplibrarian.blogspot.jp/2012/09/show-us-captions-trial-run.html
・映画館の責任者が設営。最初は無線がつながらなかったが、送信側を再起動したら接続できた
・予告編の時は、「Doremi CaptiView Ready」という文言が出ている
・根元のねじが緩いと、ディスプレイがグラグラするので注意
・遠近両用メガネをつけているので、焦点調整は疲れなかった
・効果音なども文字で表示された
At the (Captioned) Movies with My Husband…Thanks to Cinemark
(夫と一緒の(字幕つき)映画鑑賞…Cinemark、ありがとう!:2012年の記事)
https://lipreadingmom.com/2012/01/02/at-the-captioned-movies-with-my-husband-thanks-to-cinemark/
・以前CaptiViewを使ったが、どうしても字幕か映像を見落としがち
・映画館の責任者が設営。最初の装置は調子が悪く、別のものを用いた
・以前、上映開始20分後に異常になったが、今回は正常に動作した
・早口な部分で、言い換えられていた。「検閲済み」なのか、少し気になった
Where to from Here? – CaptiView!
(CaptiView ― ここからどうすればいいのか?:オーストラリアでアクセシビリティなどの活動をしているろう者による2012年の記事)
https://therebuttal2.com/2012/06/12/where-to-from-here-captiview-by-gary-kerridge/
・2009年、映画館が字幕とガイド音声を整備することで合意
・2010年、当事者への聞き取り不足など不満が正式に表明されたが、無視された
・CaptiViewは、早い時点から問題点が判明していた(子供には使いづらい、視力の悪いろう者には使えない、字幕と映像の間で交互に焦点を調節するのに疲弊する、字幕の質がまちまち、など)ものの、他の選択肢は検討されず
・CaptiViewの導入に伴い、映画館チェーンはそれまで存在していたオープン方式を捨ててしまった
・装置が正常に動作せず、11枚もの無料映画券をもらった人すらいる
・利用に3豪ドルを要求された事例あり
・人権委員会などはCaptiViewを望ましいとしているため、問題の解決には別の手段が必要
CaptiView: a raw deal for deaf cinema goers
(CaptiView:映画ファンのろう者への酷い仕打ち:上の記事の著者の同様の内容がオーストラリアの公共放送で掲載されたもの)
http://www.abc.net.au/rampup/articles/2013/01/09/3666873.htm
・CaptiViewは、字幕と映像で焦点を調節するので疲弊するし、人によってはメガネの着け外しが必要
・両方を見るだけの集中力を維持できない子供もいる
・背(座高)が高いと、ちょうどいい高さに調節できない
・字幕が表示されないケース、従業員が把握していないケース、身分証明書がないと貸し出しを拒否されるケースも報告がある
・字が小さすぎるという声、子供向け作品なのに字幕つきが午後9時30分からの回しかなかったという声も
・映画館1館につき6台しか装置がない
■2.2(2) 小型の字幕ディスプレイを利用者が目の前に配置する方式(2)
イタリアでは、iPhoneやAndroidにアプリを入れて字幕を表示するという方式が使われているそうです。
MovieReading
https://www.moviereading.com/en/
字幕データは、映画を観る前にダウンロード。映画館では、映画の音声を照合して字幕が表示されます。
https://play.google.com/store/apps/details?id=com.unimaccess.umaclient&hl=ja
Android版は、5点(最高)が40人いるものの、1点(最低)が15人いるなど、評価が分かれている印象です。レビューコメントはありません。
https://itunes.apple.com/us/app/moviereading/id460349347?mt=8
iPhone/iPad版は、9人が評価して平均値3点という情報しかありません。
■2.3 メガネ型など、利用者がディスプレイを身に着ける方式
日本で実験されているのは、主にこの分野です。
映画館で字幕が浮いて見えるメガネ 聴覚障害者用字幕も外国語字幕も選択可能
https://www.value-press.com/pressrelease/86774
ソニーの端末は米国では実際に一部で導入されているようです。
Saw Star Wars today and found out that the theater provided closed captioning glasses
(今日、スター・ウォーズを見に行ったら映画館がクローズド方式の字幕メガネを貸してくれた:2015年の投稿)
https://www.reddit.com/r/deaf/comments/3y110t/saw_star_wars_today_and_found_out_that_the/
投稿者は大いに満足したようです。ただ、自身でも書いているように「メガネに興奮した」という側面は頭に入れておく必要がありそうです。
ちなみに「一部字幕抜けがあった」「途中で止まったけど別のを貸してくれたし、お詫びに2枚無料券ももらった」「すごかった」「メガネが不快だった」「調節機能はほしいし、重い」といったコメントもあります。
■表示方式について考えたい項目
実際に見た人の意見として、次のものがありました。
・字幕がつくことに強い不満をもつ人はいる
・みんな一緒に見られるのが望ましい
・字幕が特定の上映回や映画館に限られるのはつらい
・装置の貸し出しがある場合、身分証明書や料金を求められるのは望ましくない
・表示の調節が大変なのは、あまり望ましくない
・字幕と映像の距離が違うと、焦点調節が疲れる
・装置の不調などで字幕が見られないのでは困る
・装置の貸し出しがある場合、その数も問題
・装着型は快適さが課題
現状では決定打といえる方式はまだありませんが、今後を考えるとき、これらの意見を考慮することには意味があるのではないかと思っています。
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